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米大統領選の行方とその影響(エコノミスト 斉藤洋二)

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2016年11月8日に行われる米大統領選にむけて民主・共和両党において指名争いが大詰めを迎えている。7月後半に予定される党大会において両党候補が決定されるが、民主党はヒラリー・クリントン氏そして共和党はドナルド・トランプ氏でほぼ決まった。一方、これまでの両者を比較すると当初クリントン氏が大きくリードしていたが、5月後半の世論調査においてトランプ氏の支持率が初めてクリントン氏を上回るなど両者の対決は伯仲したまま終盤に向かうことになる。

この二人の政策は現状不透明な部分が多く、具体的な政策はおいおい明らかになるだろう。ただこれまでトランプ氏は減税の大判振る舞いを掲げ、また軍事面において日本や韓国などに対し自己責任を主張し、さらに対米貿易黒字国の中国、日本の責任に言及するなど不確定要素が多い。一方のクリントン氏は現実路線を継承すると見られるものの大統領とは一線を画しており、環太平洋経済連携協定(TPP)についても従来賛成していたが反対へと転じている。

どちらにしても新大統領は、オバマ大統領の外交・防衛政策および国内政策の見直しを進めるだろう。その結果、日本も日米軍事同盟の傘の下でアジアでの安定を図ってきたが、安全保障上の変革を迫られる可能性が高まる。また、経済面でも米国内にドル高への不満と保護主義の機運が高まっているだけに、今後は円安を軸に経済浮揚を図るアベノミクスは米国から反論を受ける機会が増えることになるだろう。

▼目次

オバマ大統領8年の評価

リーマンショック直後に就任したオバマ大統領の任期中、金融市場は安定化の道を辿り、また株価も回復するなど経済は比較的順調に進んだ。その点幸運だったと言えるが、任期が8か月を切った今オバマ大統領はレガシー(遺産)を残すことに注力している。実際、現在最も注目されるのは、今年末に行われる見込みのTPPの議会承認だ。しかし共和党が牛耳る議会を通過できるのか、予断を許さぬ状況は続きそうだ。

このように議会とねじれ状態にあることから、内政問題を一気に進めるのは難しいことから、大統領は外交問題への傾斜を強めている。これまでの外交実績と言えば、「核なき世界」に向けたプラハ演説やノーベル平和賞受賞で華々しく発進しただけに、世界の人々の期待を裏切った観は拭えない。とはいえ伊勢志摩サミット後の広島訪問で8年間の締めくくりをし、核廃絶の必要性を世界にアピールしたことは大統領の面目躍如と言ったところだろう。

実際米国における世論調査によると、原爆投下は日本の降伏を早めて人的被害を最小限にとどめたとして6割が肯定的であるように、米国民の意識が核反対で統一されているとは言いがたい。かかる状況において、イラン核合意の実現やイラク・アフガニスタンからの米軍撤退を進めたことはオバマ大統領の平和主義に基づく外交政策に一定程度の評価がなされる背景となっている。

しかし、ロシアのクリミア併合、ウクライナ内戦そしてイスラム国(IS)の活発化と現在の地政学リスクを拡大させたのは、13年8月にシリア空爆を自らが躊躇したことが契機になったことは否めない。そして、中東においてイラン寄りのスタンスを取ったことにサウジアラビアやイスラエルとの関係が希薄化し、シリアでの混迷が進んだことなど次の大統領へ宿題を残すこととなった。

米国社会の変質と大統領選の行方

米大統領選のこれまでの主役はトランプ氏だったと言っても過言ではないだろう。「メキシコとの国境に壁をつくれ」など毒舌を武器にしてトランプ旋風が吹き荒れ、本命視された候補をすべて蹴散らしてきた。とりわけ低所得・低学歴の白人の支持を背景に、その勢いは今も衰えを知らない。

その結果、オバマ大統領やローマ法王などからその言動や大統領としての資質について批判が続き、ワシントン・ポスト紙も社説において、「今こそ良心ある共和党指導者が指名阻止のためにできることをする時だ」と訴えたほどだ。

一方、民主党においても社会主義を唱えるバーネット・サンダース氏が若者・低所得者層の支持を集めて善戦し、現在も撤退することなくクリントン氏との指名争いを続けている。

その結果、オバマ政権下において4年間にわたり国務長官を務めたクリントン氏は、サンダース氏に引っ張られるように左寄り、つまり労働者の意向を強く反映させる姿勢へと転じている。

一方で、ファーストレディとして8年間ホワイトハウスにいたこともあり、既成政治や特権階級の代表と目されるクリントン氏は、好感度の点で低迷している。実際、ブッシュ(親子)王朝とクリントン(夫妻)王朝の繰り返しが続くことには米国民の多くが辟易している。今後、FBIが捜査するメール問題がクリントン氏の足を引っ張る可能性もあり、最終局面までトランプ氏との混戦が続くことになりそうだ。

このようにトランプ氏やサンダース氏と言った、これまでなら異端と映った候補に人気が集まるのは米国社会の変質を反映したものと言えよう。これまでの米国は、サンダース氏が主張する「社会主義」などとは無縁だったが、格差拡大につれ中間層が脱落して低所得者層が拡大していることとの関係を否定でない。そして、ヒスパニック系など移民の増加により白人の米国人が職の奪い合いにおいて敗れつつあることも大きく影を落としていると言えよう。

すでに現在の社会に不満を持つ層には、既成の政治家には現在の米国を変革することは無理だとの認識が広まっており、創造的破壊の可能性を秘めるリーダーを求めていると言えるだろう。したがって、トランプ氏やサンダース氏の人気は、米国社会では格差が歴然と存在し、貧困層の不満の受け皿になっている結果とも言える。

実際、米国では中間層(定義は様々だが例えば年収500万~1,500万円相当)が減少し、富裕層と貧困層への分化が進んでいる。この貧困層へ情緒的に訴えるポピュリズムこそトランプ人気の正体と言えよう。

保護主義の高まりと日本への影響

これまで共和党は、「保守」「小さな政府」「不介入主義」「減税」を一枚看板としてきた。そして21世紀に入りイラク戦争、アフガニスタン戦争を進めたブッシュ大統領(当時)とチェイニー副大統領(当時)というネオコンコンビの暴走に懲りている。このような環境下、共和党の指名を獲得したトランプ氏は、「不介入主義」や「減税」などこれまでの共和党の路線を基本的に踏襲するだろう。とはいうものの、現在の中国・ロシアとの対立が目立つ国際政治情勢からすれば、「不介入主義」に徹することは難しい。この点で、外交手腕の未熟さが不安材料として挙げられるトランプ氏の外交政策が注目されることになるだろう。

一方、民主党のクリントン氏は現実路線を取ると見られることからトランプ氏の場合ほど激変をもたらさない。しかし、オバマ大統領が中国の進出に対抗して構築しようとしたTPPへの反対を表明しているように、これまでの外交・貿易政策に様々な変化を生じさせることになるだろう。実際、自由貿易を謳うTPPは米国内の労働者に不人気であり、どちらの候補がなるにしても新大統領の下ではこの問題が暗礁に乗り上げることになり、米国は今後、保護主義を強めて行くことになるだろう。

その結果、対中国貿易赤字が増大している現状、為替操作国に指定することも含め、新大統領は対中強硬姿勢を高める可能性が高まる。また、これまでのドル高による国内製造業への打撃を回避するためにも、ドル安を目指す政策を進めるだろう。

そして米国政治の変革が進む中で、日本は様々な影響を受けることは必至だ。クリントン氏勝利の場合もさることながら、安保ただ乗り論を展開するトランプ氏が大統領に就任した場合は、日米軍事同盟の見直しなど日米間に波風が立つ場面が起きる可能性がある。また経済面においても、財政出動と円安を中心に経済活性化を進める日本経済は、米国内にあるドル高への不満と保護主義の高まりに直撃されることになるだろう。つまりアベノミクスの根幹をなした円安政策を推進させることは困難になり、また貿易問題についても米国から様々な干渉を受ける場面が増えるのではないだろうか。

<プロフィール>

ネクスト経済研究所代表 国際金融アナリスト 斎藤 洋二氏

大手銀行、生命保険会社にて、長きに渡り為替、債券、株式など資産運用に携割った後、ネクスト経済研究所を設立。対外的には(財)国際金融情報センターにて経済調査ODA業務に従事し、関税外国為替等審議会委員を歴任した。現在、ロイター通信のコラムを執筆、好評を博している。

<専門家の記事について>

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