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中国はハードランディングを回避できるか(エコノミスト 斉藤洋二)

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中国が1978年12月に鄧小平氏が改革開放路線へと舵を切り、さらに「社会主義市場経済」という共産党独裁下の市場経済という世界でも類を見ない経済政策を推進してから30年余りが経過した。この間、中国はインフラ投資と輸出をけん引役に「世界の工場」として機能し2桁台の高度成長を続けてきた。しかし、ここにきて環境汚染など様々な問題が発生する中で供給過剰感が強まっており、これまでの経済運営は曲がり角にきている。

中国の経済指標は政府幹部も信頼していないとされているが、経済成長率が6%台と低下傾向が明らかとなっている。ついては、今後5%を大きく割り込むようなハードランディングを回避することが中国の政治・社会の安定において最優先課題となっている。

権力基盤を固めた習近平主席は目下国有企業改革に取り組んでいるが、この経済改革こそハードランディング回避への第一歩となるだろう。この改革に対する既得権益層の反対は根強いがこの政策の実現なしには「中国の夢」を実現することは難しい。

▼目次

ソロス氏が予言する中国経済のハードランディング

ジョージ・ソロス氏はブダペストに生まれ、クォンタム・ファンドを設立して空前の利益を毎年たたき出した著名投資家であることは今更いうまでもないだろう。第一線を退いた今でも、世界の金融市場に絶大な影響力を持ちつづけている。

同氏が語る再帰性理論(リフレキシビティ)は、事象Aが事象Bに影響することにより事象Bが事象Cに影響し、さらに事象Cが事象Aに影響するとのループをたどり人々の思い込みが強化され時間が経つに連れ加速される、とする。

この理論を援用すると、現在の市場には中国経済の不安を筆頭に、米国景気懸念、日本や欧州の中央銀行による未曾有の金融緩和政策への疑問などが散在している。これらの事象が互いに共鳴しあってリスクオフの大きな潮流となっているとの分析が可能である。

ソロス氏はさる1月ダボスにおいて、中国経済はハードランディングに直面しており、世界的なデフレ圧力の一因になるだろうと述べた。また中国情勢を考慮して、米株の下落を見込んだ取引をしていると説明した。

中国共産党はこの発言に対して、ソロス氏の人民元と香港ドルに対する挑戦は成功しない、とする反論を掲載し、不安打消しに躍起になっている。ただ中国は資本流出による人民元下落に対し元買い(ドル売り)介入を続けた結果、外貨準備高は大幅に減少し不安心理はかえって高まっており、中国経済の体温を示すとされる上海株価指数も上昇の兆しを見せない。

ともかく、1992年にソロス氏の英ポンド売りにより英国はERM(EUの為替相場メカニズム)からの脱退を余儀なくされたように、今回も中国の共産党・政府がどのように危機を乗り切るのか注目されるところだ。

指導部における権力闘争は最大の政治リスク

中国問題を考える上では、まず政治リスクとしての権力構造の実態を整理しておく必要があるだろう。すでに習近平指導部が発足して3年半が経過した。この間「反腐敗」の名の下に繰り広げられた周永康や薄熙来との権力闘争に習氏は打ち勝ち、その権力は政府、共産党、軍事委と3部門に渡り盤石となったと見られる。そして、その権力集中ぶりから、習近平は10年の任期を終えた後院政を敷くのではないかとの憶測も飛び交う

しかし、2期目には孫政才や胡春華などが次の第6世代トップとして政治局常務委員入りを果たすと見られている。つまり、近い将来習主席の求心力が落ちるのは必至との観測が台頭する背景となっているが、これに対し習主席は、直系幹部を目下地方の要職へと送り込んでいるとも言われているが、習陣営の手薄感は否めないとされる。また首相・李国強が江沢民派の政治局常務委員である張徳紅、劉雲山そして張高麗と手を組んで権力闘争を仕掛けつつあるとも言われる。

このように中国最高指導部では激しい権力闘争が続けられており、中国は絶えず政治リスクを内包していることを忘れるわけにはいかない。

供給側改革は実現可能か

一方、経済状況を見ると2015年は天安門事件の影響を受けた1990年以来25年ぶりの低成長となり不安が高まる。さる3月北京において全国人民代表大会(全人代、国会に相当)が開幕され、今後5年間の成長目標を年平均6.5%以上とする「第13次5カ年計画」が決定された。しかし、実際の中国経済が計画通りに成長するとは言い難く、現在維持されている中成長から一転して5%を大きく割り込むハードランデイングへの恐れは拭えない。

現在の経済減速の状況を脱するために「供給側改革」が優先課題として掲げられ、肥大化した国有企業の改革は待ったなしとなっている。2008年11月のリーマンショック時に発動された4兆元投資による景気刺激策により国有企業が需要を無視した生産を行った結果、現在においても実需より3ー4割は多いと言われる過剰生産力に悩まされている。特に石炭、鉄鋼部門を中心に赤字垂れ流しを続ける「ゾンビ企業」の整理は喫緊の課題だ。

地方政府と銀行による支援を受けて生き延びる「ゾンビ企業」についてその改革を進めた場合、百万人規模の失業者が発生するともいわれる。それでなくとも民族問題、テロ問題など様々な治安問題が指摘される中で、失業者増加は国内の緊張を高めることは明らかだ。

一方、政府は「新常態」、つまり投資から消費主導経済への移行を打ち出し、既存体制にメスを入れ、同時に成長産業育成に向け国民に起業を勧めている。しかし、中国において諸外国のキャラクターが不法に横行するように知的財産権が確立していないことは、今後起業インセンテイブを阻害する原因となり、経済活性化への起爆剤となるのかは疑問だ。

アリババ、テンセント、バイドゥなどIT関連企業の成功物語はあだ花となるのか、それとも今後同様の起業家が輩出されるのかは、政府の経済政策が大きく左右するとともに、中国経済の発展のカギを握るのは必至。このように、知的財産権の確立に代表される法務、そして税務や会計制度を整備する事は、海外からの企業を招致し、中国経済の活性化を促す上で優先課題となるだろう。

現在、中国経済の先行き不透明感の高まりが2016年の国際金融市場を不安定化させているが、中国経済の国際化が進み「中国がくしゃみをすれば世界が風邪をひく」と言った状況において、今後の経済運営のかじ取りは国内のみならず世界が注目するところだ。

中国の夢実現へのハードル

中国は1921年の共産党設立から100年を迎えるにあたり、2020年には2010年に比し国内総生産(GDP)を2倍にすることを目標としてきた。また、建国百周年の2049年には「中国の夢」である中華民族の偉大な復興を成し遂げ、「富強・民主・文明・和諧的な社会主義現代国家」を実現するとしている。

この「中国の夢」を実現するための最大の関門のひとつは、高度成長が積み上げた矛盾である。この間中国経済は「社会主義市場経済」を進めてきたが、その結果非効率な国有企業が存続し民間の活力が阻害された。さらに共産党・国有企業を巻き込んだ腐敗が蔓延したことから、現状を変革しなければ社会の安定も担保されず、次の発展が実現しない。

既に中国における労働人口は、開発経済学に言う「ルイスの転換点」を超えたと言われ、農村部からの供給が枯渇し始めた。したがって、「世界の工場」として安い労働力で安価な製品を輸出して稼ぐ成長モデルは、労働コストが急上昇する中で持続可能とは言えない。

一方、経済・軍事・外交面で世界のトップとなる夢の実現において、サイバー空間や宇宙を含めた地球規模において指導的役割を担うこともその目標であることは論をまたない。これらの目標達成にむけて、今後建国百周年までの30年余りにおいて中国は、これまでの重厚長大型産業に依存した経済から、都市部の消費を中心とした経済への転換が必要になるだろう。

まとめ

30年を超える高度成長の恩恵を受け、現在の中国の国民一人当たりの国民所得(GNI)は約8千ドルに達し、先進国への仲間入りを目前にしている。しかし、中南米の多くの国がその壁を超えることができなかったように、中国も「中進国の罠」を抜けて先進国の仲間入りを果たせるのかどうかは分からない。これまでの投資主体の経済発展から脱皮し、構造改革と技術革新により成長産業を育成できるかどうかにかかっていると言えよう。

その関門を突破するためには、ハードランディングの回避は絶対条件であり、中国はこれからの経済減速下において財政出動と構造改革をいかに効率的に運用できるのか、習指導部の手腕が問われるところである。

<プロフィール>

ネクスト経済研究所代表 国際金融アナリスト 斎藤 洋二氏

大手銀行、生命保険会社にて、長きに渡り為替、債券、株式など資産運用に携割った後、ネクスト経済研究所を設立。対外的には(財)国際金融情報センターにて経済調査ODA業務に従事し、関税外国為替等審議会委員を歴任した。現在、ロイター通信のコラムを執筆、好評を博している。 

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