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トランプ大統領の東アジア戦略について ―米中貿易戦争および朝鮮半島非核化の行方― (エコノミスト斉藤洋二)

   

はじめに

「米国第一」「保護主義」を掲げて大統領選を勝ち抜いて1年半。目下トランプ米大統領は公約の実現と11月に予定される中間選挙に向けて突っ走っている。しかし大統領の周辺を見渡せば依然ロシアゲート問題はくすぶっており大統領弾劾のリスクを残したままだ。そしてホワイトハウスの陣容も発足当時からほぼ全員入れ替わっており、就任以来変わらずそばにいるのは身内であるクシュナー・イヴァンカ夫妻のみと言った状況と政権は極めて不安定である。このような環境下、大統領が最も力を入れているのが外交問題なかでも中国および北朝鮮への対応だ。つまり中国との貿易問題に加え朝鮮半島の非核化が優先的課題と位置付けられていると言えるだろう。

約3750億ドル(41兆円)に上る対中貿易赤字については、国内産業が中国からの鉄鋼やアルミなどの流入が大統領支持層の中核であるプアホワイトを直撃している。それだけに国内産業および労働者の保護の観点からどうしても圧縮したい数字である。したがって目下ライトハイザーUSTR代表やナバロ通商製造業政策局長など対中強硬派が中国への関税強化を打ち出して貿易赤字の圧縮を求めているが、その帰趨はトランプ政権へ大きな影響を与えることは明らかだ。

一方朝鮮半島問題について見れば、北朝鮮では核開発が進みまたミサイルが米国の東部にまで到達できる状況に至ったことから半島における非核化は喫緊の課題となっている。つまり北朝鮮の核開発および軍事力強化は米国の安全保障にとり看過できない恐怖となっていると言って良いだろう。つまり北朝鮮の体制を保証してでも非核化を実現することは米国にとり重要であり、トランプ大統領にとっても政治生命をかけるに値する歴史的な課題と認識されるに至っている。実際近頃ではトランプ大統領の演説会の最後には支持者から「ノーベル、ノーベル」との連呼が鳴りやまないように、その成果は今後のトランプ大統領の政治家としての価値を決定することになりそうだ。

このように米国の東アジアでの成果、つまり対中貿易収支赤字の削減そして半島の非核化実現はトランプ政権にとり中間選挙において勝利し、さらに2020年の大統領選を勝ち抜くために是非とも達成したい課題として認識されているのである。

ついては同じ東アジアに位置し中国同様に対米貿易黒字を抱える日本にとって米中貿易戦争の行方は日本経済を直撃する恐れを否定できない。また地政学的リスクである北朝鮮の行方もまた日本への影響は甚大だ。ついては米国の東アジア戦略についてその実情と今後を以下に考察することとしたい。

米中貿易戦争の行方

① 貿易戦争は収束できるか

米国が通商拡大法232条に基づき中国などに対し 鉄鋼、アルミにそれぞれ25%、10%の高率関税をかけ加えて自動車にも高関税を課すことになった。さらに通商法301条に基づき知的財産に関する1300品目についても報復課税を行う見込みだ。これに対し中国は対抗措置として報復関税を課すことを打ち出しており、いよいよ米中は貿易摩擦から貿易戦争へ突入する見込みが高まっている。現状米中間ではこれを回避する対話が水面下そして水面上で行われているがどのように軟着陸できるのかは予断を許さない。

もともと中国の石油、航空、金融など基幹産業はゾンビと言われる国有企業が補助金を受けては生き延びて過剰生産を続けてきた。現状国内経済が減速していることから、国内で消費することが難しくなっているだけに海外への輸出ドライブがかかる状況になっている。したがって一帯一路は格好の受け皿であり、くわえて米国へも大量の余剰となった生産物が流れている。この結果米国において(トランプ大統領が言うように)「世界史上で最大の赤字」を産み、米国経済および企業を直撃することになっている。このような報復関税の応酬が進むとそれぞれの輸入財の価格上昇に伴い経済が減速し、貿易および世界経済の縮小そして景気後退がもたらされることになる。

② 改革開放40年を迎えた中国

このところ米国の株価は、米中貿易戦争の先行きに安心感が強まって上昇したり、中国の報復に対してトランプ大統領が拳を振り上げたりするたびに不安感が高まって下落したりと強気と弱気が交錯してアップダウンを繰り返している。

実際トランプ大統領は「中国製品に45%の関税を課す」とする大統領選での公約を果たすことに強くこだわっている。またその政権の陣容もクドローNEC委員長、ボルトン安保担当補佐官、ポンぺオ国務長官らがライトハィザーUSTR代表らに加わって、対中強硬派および保護主義派の鉄壁の布陣が出来上がった。とはいえ4月以降国際協調を主張するムニューシン財務長官らが北京入りして米中対話が進み数値目標などを棚上げして一応の休戦状態に至ってはいる。トランプ大統領の発言はブラフが多いと言われるが、脅しだけのつもりが本当の喧嘩になったりすることはよくあるものだけに一寸先は闇という状況に変わりはない。

そして迎え撃つ中国は鄧小平が改革開放政策へと舵を切り高度成長を実現させて40年の節目。つまり中国は貿易のメリットを十分承知しておりトランプ主導の保護主義には随時反論してきた。3月の全人代では共産党の常務委員を引退した王岐山がよもやの国家副主席として中国の実質NO2となった。対米交渉でその神通力に期待はかかるものの、「暗愚の帝王」とも言われるトランプ大統領を相手にどのような展開となるのかは読み切れずあまり楽観に傾いてしまうのは危険ということだろう。

③ 注目される劉鶴副首相の動向

保護貿易を旗印にするトランプ政権に対し世界が懸念を強める中で、昨年のダボス会議以来自由貿易の旗頭となったかのような素振りを見せるのが中国の習近平国家主席だ。過日の海南省の国際経済会議「ボアオ・アジアフォーラム」で金融業などの市場開放を柱とする重要施策を公表した。さらに米中貿易の不均衡について、「中国は貿易黒字の追求を目標としない」「知的財産権侵害を取り締まる」など「市場開放」と「黒字幅削減」を打ち出してトランプ政権への歩み寄りを示したことを受け米中貿易戦争はひとまず水入りとなった経緯がある。

ところで米中交渉を行う顔ぶれについて見ると、ホワイトハウスの重要閣僚はいまや対中強硬派で固められていることは先述の通りだが、一方の中国サイドは3月の全人代でハーバード卒である劉鶴が国務院副総理に昇格して前述の王岐山氏とともに対米交渉を舵取りする。この劉鶴副総理は習近平とは10代の頃からの友人と言われ、中国共産党内では経済アドバイザーとして活躍し、過去40年にわたり中国の成長戦略を担ってきた。目下は投資と輸出重視の経済から、緩やかではあるが持続可能な消費中心の成長への転換を図る中心人物ともいわれている。したがって今後の米中関係の行方を左右する人物であり、そしてたびたびワシントンを訪問し、凍結されていた両国の通商協議をリードしている。今後も引き続き中国の対米経済政策が劉鶴副首相に主導されることは明らかであり、今後も同氏の動向は注目されるところだ。

米朝ユーフォリア崩壊の可能性

① 南北融和の進展

中国に続いて注目されるのは朝鮮半島の情勢だ。2月の平昌五輪以降朝鮮半島では南北融和ムードが高まり、さらに米朝韓3者間での非核化への動きが鮮明化してきた。実際この間北朝鮮を2度にわたり訪れ金正恩朝鮮労働党委員長と交渉するポンぺオ国務長官の姿は、1970年代前半に米中の電撃的国交回復つまりニクソンショックをもたらしたキッシンジャー元大統領補佐官を彷彿させるものだ。

今東アジアで起きていることは、ベルリンの壁崩壊から東西ドイツの統一実現に至る過程で欧州を覆ったユーフォリア(陶酔感)の記憶を蘇らせてくれる。しかし現実を冷静に見つめれば、朝鮮半島における非核化についてはリビア方式つまり即時の核兵器廃棄とその査察を制裁解除の出発点とする米国と非核化の段階的実施と制裁緩和を優先させるとする北朝鮮とのスタンスの違いは明白だ。したがって6月12日にシンガポールで行われる米朝首脳会談の成否は目下のところ読めないが、その会談の有無や成否は別にしてこれまでの交渉がトップダウンだけに今後の実務者による具体的な詰めについてはいつ破談してもおかしくない。それだけに東アジアの地政学リスクが縮小したと楽観視するのは危険だ。

② 半島における期待感の正体

一方このところの国際政治は一段と映像化が進み政治ショーの趣が強まっている。板門店での南北首脳会談が行われた4月27日は歴史的イベントがリアルタイムに世界の隅々にまで届けられ、映像文化の進化を確認する一日となった。両首脳の固い握手に始まり散策、橋の上での会談、共同会見と見るものを飽きさせない演出がほどこされた。かつて西側社会の豊かさを報じるCNNの映像が 東欧諸国に動揺を与え東西ドイツ統一の動きを加速化させた。その統合から28年、メディア特に映像の力は一段と増強されている印象だ。そして南北首脳会談に続く米朝首脳会談について、トランプ大統領がその成果をより強く米国内外へアピールすることを狙い歴史上象徴的な地である板門店での開催に拘ったのも無理からぬところと言えよう。

ともかく南北首脳会談について外形はともかく内容については、「完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島の実現」を目指すことが確認されたものの、依然北朝鮮の時間稼ぎ戦略に利用されているだけではないかとの疑念は拭えない。実際ここ数年をみても北朝鮮はミサイルを発射しては核実験を強行し、そして金正恩は叔父の張成沢を粛清し兄の金正男を暗殺した。つまり今回様々に映し出される金正恩のユーモアと笑顔など、単なる演技そしてイメージ戦略との見方は捨てがたい。それだけに米朝首脳会談については今後非核化へ向けた工程表がしめされ実務家会議へ着実に歩が進められる出発点となるのか、その成果が問われることになる。

③ 南北統一は幻想か

南北首脳会談後の韓国における世論調査によると金正恩に好印象を抱いた国民は7割に達したという。またこれまで5~6割の国民の支持と低迷していた民族統一への願望も再度増加しているとも言われるが、それでは果たして南北統一実現の可能性はあるのだろうか。両国の現実を見ると根本的に政治体制の違いがあること、そして莫大な経済負担が韓国にのしかかることが予想されることから東西ドイツ統一の再現を期待するのは難しいと言うのが実情だ。

実際経済コストの面から考えてみると、ドイツが払った以上のコストを支払うことは韓国にとり難しい。東西ドイツの統一については、民族の統一理念に加えて新たな市場の開拓そして安い労働力の獲得と言った長い目で見たメリットと、初期に集中する費用が天秤にかけられた。結局その費用は1.6兆ユーロ(約210兆円)を要したと試算する向きもあるが、世界経済の機関車役であった西ドイツでもそのコストにしばらく苦しむことになった。当時東ドイツの人口は西ドイツの約25%、一人当たりGDPは西ドイツの50%、そして年金など福祉制度などもある程度整備されていたにも関わらず、西ドイツが東ドイツを吸収的に統合するのに莫大な費用を要したのである。

それに引き換え朝鮮半島の場合、北朝鮮の人口は韓国の30%越えと高く、そして一人当たりGDPはわずか6%、さらに社会保障なども未整備で産業もほとんど育っていないだけにその統合コストは莫大なものとなる。つまり北朝鮮を吸収するのに要する金額は最大5兆ドル(550兆円)と国家予算の20年分以上と見積もられるようにドイツ統一のコストを大きく上回ると試算されるのだ。したがって統一後にニューフロンティアが登場しマクロ的な経済メリットを韓国が享受できるとしても初期段階でのコスト負担に耐えることは極めて難しい。さらに北の低賃金の労働力が大量流入してくるとすれば、韓国の国民生活は北朝鮮に引きずられて大きく下落することになるなど国民生活を脅かすほどの経済混乱をもたらすことになるだろう。

日本への影響

これまで述べてきたように米中貿易戦争そして朝鮮半島非核化への動きは直接間接に日本に強く及ぶ見込みだ。つまり対米貿易黒字を抱える一方で北朝鮮のミサイルが北海道や秋田沖に頻繁に落下するだけにその成り行きは日本に大きな影響を与えることになることは必至だ。

実際2018年に入り貿易戦争への懸念と円高の影響を受けて雇用市場も変調を来し、景況感の悪化が顕著となってきている。それでは日本は景気後退に備えて打つべき手があるか?と言えば財政政策はすでに累積赤字が高い状況でその出動は難しい。また金融政策もすでに緩和はこれまで最大限の政策が打たれて限界に達しており、もはや円高や景気後退を防ぐ手立ては少ないのが実情だ。

実際米国が拳を振り上げた結果としてのアルミ・鉄鋼の輸入関税は、欧州や北米自由貿易協定 (NAFTA)は適用除外となる中、日本だけは対象国のままであり、自動車輸入関税も6月後半に予定される日米通商協議に向けた圧力要因となっている。さらに4月に発表された米財務省の為替報告書では、円相場の水準は、これまでの「実質実効レート」だけでなく「名目レート」でも円安と指摘されており、現在110円水準で推移するドル円相場へのトランプ政権からの言及に要警戒となる。その点で米中貿易戦争の行方から目を離すことはできない。

一方北朝鮮問題についても米朝韓それに中国も深く関与している中で日本が蚊帳の外の状況になっている。外交的に関与することはできないもののその進捗が日本の安全保障に与える影響を見過ごすことはできない。つまり東アジアの地政学リスクが取り上げられるたびに円高が進み株安が進む状況からしても朝鮮半島の行方が日本経済に与える影響を無視することは難しい。このように米国の対中、対北朝鮮への政策は日本そして日本経済と密接にリンクしているだけに、中間選挙を前にしたトランプ大統領の動きには注目を要する。

(2018年6月1日)

【プロフィール】
ネクスト経済研究所代表 国際金融アナリスト 斎藤 洋二氏

大手銀行、生命保険会社にて、長きに渡り為替、債券、株式など資産運用に携割った後、ネクスト経済研究所を設立。対外的には(財)国際金融情報センターにて経済調査ODA業務に従事し、関税外国為替等審議会委員を歴任した。現在、ロイター通信のコラムを執筆、好評を博している。

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