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ブレグジット後の英国と国際社会の行方(エコノミスト 斉藤洋二)

      2016/08/22

159b0da14fef154a0fb82b93eee70a1f_s英国では「Vote leave」と「Vote remain」のスローガンが叫ばれるなかで国を二分する国民投票が行われた。2年前のスコットランド独立住民投票に続き今回もまた英国の多くの世論調査は当たらず、「離脱」が「残留」を4ポイント上回って決着した。

この結果、6月23日を「英国の独立記念日」にしようと勝利に酔いしれる声も聞かれるが、トゥスク欧州連合(EU)大統領が言うように、「西洋文明の終わりの始まり」との懸念も拭えない 。

実際、過去100年にわたり醸成されてきた欧州統合への夢の行き詰まりは明らかだ。今後欧州各国では英国に習い、歴史を逆回転させるドミノ現象が起こる可能性が高まる。つまり、デンマーク、オランダ、フランス、イタリアなどにおいて、反移民感情を背景にして、EU離脱派が国民投票を強く求めることになるだろう。

英国に限らずどの国も、都市部・若者はグローバル化のメリットを実感しているが、地方・老人はEUの恩恵を感じることが少ない。また、エスタブリッシュメントが進める統合へのプロセスに対し大衆は反感を強めており、今回の投票結果はまさに大衆によるエリートへの反乱とも言えよう。

今後、英国は時間をかけてEUとの「離婚手続き」を進めるが、一方で米国、中国、そしてかつての英連邦などとの関係緊密化を図るだろう。そして、英国から今まで以上に秋波を送られるに違いない日本企業の対応は、これまで「EU中核国としての英国」を評価して同国を中心にサプライチェーンを構築してきただけに、日英関係は親密化よりもむしろ稀薄化が進むのではないだろうか。

国民投票の教訓

ブレクジット(Britain+Exit=英国のEU離脱)が決定した英国では、国民に後悔と未練が募るなかで、やり直しの国民投票を求める請願が400万人に達した。さらにブリグレット(Britain+Regret=英国の後悔)などの造語も広まっているが、覆水盆に帰らずとはまさにこの事だろう。

党内外の離脱派の抵抗にこらえ切れず、苦し紛れに2015年5月の総選挙において国民投票を公約したキャメロン首相は最悪のカードを切ったリーダーとして歴史に名を留めるに違いない。実際、首相に与えられた決定権を手放して衆愚政治、つまり大衆の感情に国の運命を委ねてしまう愚を犯したのは明らかだ。

国民投票は直接民主主義の究極の姿に見えるものの、これはヒトラーが愛用した手法で民主主主義を装いつつ国民を誘導し、国民の総意の形で独裁を遂行させる手段として使われた。この国民投票を利用して、ヒトラーは総統になりさらにオーストリアの併合を行い帝国拡大にまい進したのだ。つまり、近頃欧州各国で再三行われている国民投票は、ポピュリズムが台頭する中では危険な手法であることが今回明らかにされた。

それでは英国は、ブレクジットにより大英帝国の昔に戻ることができるのだろうか。答えは「否」だろう。これまで離脱派は「主権の回復」を唱えてきたものの、グローバル化の流れに背を向けた英国は「独立」ではなく「孤立」の道を歩むことになるだろう。

過去半世紀の英国は、「ウィンブルドン現象」と言われるように国を開いて成功してきた。実際、シティに誘致された外資金融機関はじめ英国に進出した企業は、シングルパスポート・ルール(EU域内における単一免許制度)により英国で免許を取得し、さらに大陸に枝葉を広げるビジネスモデルを一般化させた。お陰で、ロンドンにおける金融市場の国際化が進み、外国為替取引では、ニューヨークを大きく引き離して世界一となっていることはその象徴だ。

つまり、シティが繁栄したのもEUの金融センターであればこそで、既に金融機関はシティからの脱出を図る動きを強めている。今後、パリやフランクフルトなどへのシフトが進み、多くの雇用が失われる事により、シティの凋落は避けることはできないだろう。

また、この間の英国の経済成長は、移民を含めた人口増加により拡大傾向を辿ってきたように、EUに加盟し外に開いているからこそもたらされたといって差し支えないだろう。EUの一員であればこそ経済的なメリットを大きく享受していたことを、今後痛感することになるだろう。

英国は衰退を回避できるか

離脱による経済損失については、4月18日、財務省が費用と利益について試算を公表している。離脱の場合は、2030年の国内総生産は6.2%減となり、英国民の生活水準低下は免れないとしている。また、これまで離脱後に国がとる貿易投資政策として、欧州経済領域(EEA)への加盟、2者間貿易協定の締結、さらには世界貿易機関(WTO)加盟に基づく共通ルール構築などの選択肢が挙げられるが、目下どの方向を目指すのかも明らかにされていない。

どちらにしてもEU非加盟国となった以上、対EU貿易の関税が重くのしかかることになる。そして、今後メガFTAが主流となる時代において、英国が単独でFTAを世界中の各国と締結せねばならず、これまでと同様の経済成長を達成するのは困難であり、必然的に経済の縮小は避けられなくなることから、英国の衰退は決定的になるだろう。

このように、今後は貿易投資政策はじめ、安全保障政策など国家の根幹について一からの議論を始めなければならない。つまり、様々な分野において、離脱後10年から15年にわたり英国の混乱は必至との見方も頷けよう。

キャメロン首相は、困難が予想される離脱交渉を次の首相に委ねると言明している。次期首相は、9月上旬に保守党党員の選挙で選ばれるが、現状、国会の77%は残留派であることから、簡単に離脱派のリーダー格のボリス・ジョンソン(前ロンドン市長)が選ばれると言うわけでもない。そして、誰が首相となっても離脱交渉に向けて議会での意見一致は見込み難く、このままでは総選挙において再び民意を問うことになる可能性が高いとされる。かといって、今回の国民投票の結果が無視されるはずもなく、国民の意思と議会がねじれていることもあり、英国の政治と社会は混乱を来すことになるだろう。

一方、地域分断の問題も熱を帯び始めている。連合王国(UK)は、もともとイングランドを中心にウェールズ、スコットランド、北アイルランドが緩やかにつながってきたものだ。ところが今回の国民投票は、パンドラの箱を開けたように英国の周辺部では百家争鳴となってしまった。スコットランドでは残留支持が多数を占め、再度独立の機運が高まっている。そして北アイルランドでも英国からの離脱を求める声が強まっており、カトリック系がアイルランドへの併合を求め、多数派のプロテスタントとの対立の激化が懸念される。さらに離脱が上回ったウェールズでも分離独立の動きが活発化しており、ポスト・ブレグジットの英国は地域間、若年VS老年、都市部VS地方など分断の危機に直面することになった。

EUと国際社会に落とす影

1992年にEUの発足を決定したマーストリヒト条約が調印されて、すでに四半世紀近くが経った。この間のEUは、北大西洋条約機構(NATO)と共に経済・軍事の二面作戦で東欧に伸長し、今やウクライナやトルコの加盟を視野に入れている。また、2004年にロシアの軍事的脅威から逃れようとバルト三国がEUに駆け込んで以来、EUは政治統合の色合いを強めている。このような地域拡大と統合深化を両輪に、EUは発展を遂げてきた。

この過程で、19世紀から一貫して独仏など大陸諸国に対して一線を引いてきた英国は、EUにおいてもこの歴史を踏襲して常に非協力的な態度を貫いてきた。この英国の異質性にEUは頭を悩まされる場面が多かったが、今ドイツに次ぐ2番目の英国が姿を消すとなると、単一市場の縮小、拠出金の減少さらには安全保障の弱体化など様々な問題が噴出する。この結果、ドイツの負担は増し、加盟27か国のバランスも微妙になることから、これまで同様の拡大と深化の路線を続けるのは難しくなるだろう。

これまでEUは発展する一方で、①南欧諸国の金融財政危機への対処の難しさ、②人の移動の自由を推進した結果の移民増大とテロの発生と言う壁に当たった。さらに、今回第3の壁として英国の離脱に直面したEUは、これらの壁をいかに乗り越えられるかが問われることとなった。当然の結果として、EU統合は今まで以上に苦難の道を歩むことになるのは明らかだ。

このようにブレクジットは、国際社会においてEUを弱体化させ、英国と「特別な関係」にある米国をも敗者に追いやったと言えよう。つまり、今回の英国国民投票により多くの国はデメリットを被り、メリットを受ける勝者は経済制裁に苦慮してきたロシアだけと言っても良いだろう。

これからしばらくは、ブレクジットの国際社会への波及が注目されるが、特にEUや米国への政治的、経済的な負の影響が懸念される。その点で6月26日に行われたスペイン総選挙が注目されたが、反EU勢力が低迷し国民は安定を優先させる結果となった。また、米国でもトランプ人気の下落傾向に変化が見えず、案外国際社会はブレクジットを冷静に受け止めているように見受けられる。したがって、金融市場もリーマンショック時のように半年間も底値を模索して下落を続けることもなく安定することかできるかも知れない。

ともかく当面はEUと英国の「離婚交渉」の進捗と、英国および国際社会の行方を注視する必要がありそうだ。

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