この四半世紀は、欧州諸国が戦争を続けた時代が終わり、統合の夢の実現に向けて歩みが始まった時代といえます。
しかし実際には、この統合では理念が先行した部分もあり、今日的にさまざまな問題がモグラたたきのように表面化しています。
「EUが崩壊するのではないか」という欧州リスクは、全世界を覆っていると言っても良いでしょう。この連載では今後7回にわたって、欧州各国が直面する問題を検証しながら、欧州リスクの実態を探っていきます。
▼目次
はじめに:欧州リスクはどこにあるのか
・政治面の問題
現在欧州連合(EU)は拡大の一途を辿り、EU加盟国は28か国に、そして共通通貨ユーロを導入している国は19か国に達しています。
さらにEUは北大西洋条約機構(NATO)と共同しながら東方への拡大を続け、その勢力範囲は既にウクライナやトルコにまで及ぼうとしています。
用語解説:北大西洋条約機構(NATO)北大西洋条約機構(NATO:North Atlantic Treaty Organization)は「集団防衛」,「危機管理」及び「協調的安全保障」の三つを中核的任務とする軍事同盟です。
加盟国の領土及び国民を防衛することを最大の責務としています。加盟国は米国および欧州の主要国など28か国です。
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このような外部要因のほか、EU内部の課題として、急増する中東諸国からの難民・移民受入という急務も抱えています。
・経済面の問題
中でもギリシャの離脱『グリグジット(Grexit)』は、EU崩壊の引き金になるとの憶測もあります。
―それとも、ギリシャの脱退などを機に崩壊に至るのか。
EUの将来については、予断を許さない状況がしばらく続く事になるでしょう。
もし表面化すれば、その影響は欧州だけではなく、各国の国債を保有する世界中の金融機関を直撃する恐れがあります。
つまり、世界金融危機と表裏一体の存在とも言えるのです。
EU統合に至る歴史と培われた理念
欧州は産業革命以降、急速に技術革新を進め、世界で最も先進的な地域とされてきました。
ところが中核を成す2大国であるドイツとフランスは、普仏戦争や二度の世界大戦といった対立により、互いに疲弊した状態に陥っていました。
この教訓から、域内国民の間では欧州内で政治・経済の統合を目指すべきという理念が自然と培われていきます。
そして第一次世界大戦後、米国が急成長したことから「没落する欧州」への危機感が高まります。
欧州をひとつにしようという「汎欧州主義」が台頭したのはこの時です。
用語解説:汎欧州主義域内での共通の文化基盤である、
・「古代ギリシャ・ローマの精神」
・「キリスト教」
を背景に、ヨーロッパの平和や統合を主張する思想や運動のこと。
オーストリアの国際的政治活動家であるリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵が提唱し、後世の欧州連合構想の先駆けとなった。 |
この「汎欧州主義」が、欧州統合を実現させる思想的背景となりました。
そして1991年には長く敵対関係にあったドイツとフランスの接近により、マーストリヒト条約が締結され、統合への道筋が具体化したのです。
統合を進める求心力と崩壊への遠心力、どちらが勝つか
現在の欧州は、統合に進む「求心力」と、その反対「遠心力」が働いていると言われます。
「遠心力」の代表として、
・民族別の自治を目指し、スペインから独立を目指すカタルーニア洲
・イタリア北部の南チロル(イタリアのボルツァーノ自治県)
・ベルギーのオランダ語圏とワロン語圏の分離独立運動
―などが挙げられます。
2014年秋に行われた、スコットランドの英国からの分離独立の動きも同様です。
(結果的には、住民投票により英国に止まることになりましたが。)
この動きは、英国から離れて安全保障面でEUからの支援を仰ごうとするものでした。
EU・国・民族の関係は、複雑で微妙な問題です。
欧州統合の流れは「国」の機能・存在の希薄化を生み出し、地域エゴイズムの噴出を招きやすいと捉えることもできるでしょう。
今後、欧州統合という「求心力」の高まりが、一方ではある国々における「遠心力」、つまり地域の分離独立を引き起こすのは必然のことかもしれません。
おわりに
欧州リスクを巡る不安心理は、国境が無くなろうとしている現在の欧州内に留まらず、
簡単に国境を超えてリアルタイムに全世界へと伝播していきます。
各国リスクに加えて、欧州全体としてリスクを捉えることも大切と言えるのではないでしょうか。
●コラム筆者プロフィール●
名前:テムジン
リスクマネジメント界のチンギス・ハンです。
一言:迷える子羊たちに、世界各国のカントリーリスクを 分かりやすく説明します。 |