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【時事ニュース解説】日本人が知らないスペイン・カタルーニャ独立運動~加速する欧州地方都市の国家分離

      2016/02/18

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スペイン東部カタルーニャ自治州で9月末、州議会議員選挙があり、独立派が過半数の議席を獲得しました。

独立派連合は2017年までに独立を宣言すると公約しています。スペイン政府は断固として独立を阻止する意向ですが、この選挙を独立の是非を問う事実上の住民投票と位置づけてきた自治州首相・マス首相は今後、憲法の制定など独立に向けた手続きに入る構えです。

どうしてこんな騒ぎになったのでしょうか。日本では馴染みが薄いカタルーニャ独立運動について、まとめてみました。

 

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イベリア半島北東、フランス寄りのカタルーニャ州:赤色の部分

 

 

スペイン地方都市・バルセロナとはどんなところ?

バルセロナと聞いて何を思い浮かべるでしょう?

若い人ならリオネル・メッシ選手を擁するサッカー「FCバルセロナ」の本拠地、年配の方なら建築家アントニオ・ガウディのサグラダ・ファミリア教会か、1992年のバルセロナオリンピックかもしれません。

バルセロナは人口約160万人、スペインでは首都のマドリードに次ぐ第2の都市です。地中海に面し、港湾都市として発展してきたほか、工業も盛んで経済面ではスペインの中で先進地域に入ります。バルセロナを中心としたカタルーニャ自治州は、人口約750万人。スペインの総人口が約4,600万人ですから、16%ほどを占めています。

住んでいる人たちはカタルーニャ人。この地方独特の文化と、カタルーニャ語と呼ばれる言語を持っています。中世のレコンキスタ(国土回復運動)でイスラム勢力を追い出したあと、11世紀にはこの地にカタルーニャ君主国を打ちたて、独立していました。その後もアラゴン・カタルーニャ連合王国として独自の道を歩んできた歴史を持っています。

スペイン併合から続く抑圧の歴史~スコットランドと同じ構図

2014年9月、英国のスコットランドで独立の是非を問う住民投票がありました。結果は小差で独立が否決されましたが、独立を求める住民の間には、人口や経済規模で勝るイングランドに事実上支配され、民族の尊厳を傷つけられたという不満があります。これはそっくりそのままカタルーニャ地方に当てはまります。

政略結婚による合同後、カスティーリャ中央集権への反発

スペインの成立は1479年。バルセロナなどイベリア半島北東部を支配するアラゴン・カタルーニャ連合王国の国王と、マドリードなど中央部を支配するカスティーリャ王国の女王が結婚し、合同しました。しかし、中央集権化が進むにつれ、バルセロナの人たちは中央のカスティーリャ地方に支配されていると感じ、対立を深めていきます。

やがて18世紀初め、スペイン王の継承者を巡り、ヨーロッパ諸国が争ったスペイン継承戦争で、カタルーニャやアラゴン地方とカスティーリャ地方は敵味方に別れて交戦しました。昨年バルセロナで140万人の市民が独立を求めるデモに参加した9月11日は、スペイン継承戦争でバルセロナがカスティーリャ、フランスの連合軍によって陥落した記念日に当たります。

独立を賭けた住民投票は「政府非公認」扱いに

カタルーニャ自治州では長く独立を求める声が上がっていました。2012年の州議会選挙で独立派が躍進したことから、2014年11月に独立の是非を問う住民投票が州政府により非公式の形で行われ、有効投票の8割が独立を支持しました。しかし、スペイン憲法裁判所は住民投票を実施する権限は中央政府にしかないとして、非公式の投票も違憲と判断しています。

マス首相は、憲法違反とされる住民投票実施で行政機関への不服従、職権乱用などの疑いがあるとして今年9月に州の検察当局から訴えられ、バルセロナの裁判所で10月15日、事情聴取されました。正式に裁判手続きに入るかどうかの予備審理でしたが、独立支持派は一斉に反発を強め、中央政府との対立が深刻さを増しています。

実は多民族国家のスペイン~バスク、アンダルシアでもくすぶる独立の火種

日本人は一般にスペインに住む人をスペイン人と一括りにしています。しかし、現地の人からすると、スペイン人とはカスティーリャ地方の人を指します。

現在ではスペインとポルトガルの2国が占めるイベリア半島。地中海と大西洋を分けるこの地域は、古代ローマ帝国の支配に始まり、ゲルマン系民族・西ゴート族の建国、イスラム帝国の侵入と歴史の波に翻弄されてきました。スペイン建国に至るレコンキスタも、718年の開始から1492年の完了まで実に800年近い年月がかかっています。その間にさまざまな異文化が半島の各地域に根付き、独自の文化を形成していきました。

言語もさまざまです。カタルーニャの南にあるバレンシア地方はバレンシア語、西北部のガリシア地方はガリシア語、北部のバスク地方はバスク語、南部のアンダルシア地方はアンダルシア語が残っています。

それだけに、それらの地域では民族意識が高く、たびたび中央に対する反発の声が上がってきました。特に活発なのがバスクとアンダルシア地方。バスク地方では独立を求めるテロ行為が続いています。アンダルシア地方も独立運動の火種が長くくすぶっている状態です。

まとめ

バルセロナ独立運動の背景に見えるのは、多民族国家としてのスペインを維持したい中央政府と、それに反発し、民族の自立を望むカタルーニャ人の対立です。多民族国家だった旧ユーゴスラビアは民族対立から分裂し、なくなってしまいました。それと同じことがスペインで起きてもおかしくないほど、深刻な対立が潜んでいるのです。

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