南シナ海には、原油や天然ガスが豊富に埋蔵されていることから、この海域における中国およびASEAN諸国の領有権争いは激しさを増しています。中でもフィリピンは、スカボロー礁やスプラトリー(南沙)諸島を巡り、特に中国との対立を深めています。
一方、フィリピン国内に目を転じると、武装イスラム勢力の反政府活動が活発化していることから政治情勢が安定せず、経済成長の起爆剤となる海外資本の流入が限定的となっています。
特に、道路、鉄道、エネルギー分野における社会資本整備が遅れており、海外からの進出企業の受け入れ環境においてタイやベトナムに大きく遅れています。
ただし、人口の増加に加え、規制緩和の効果で外資の流入も増加傾向を辿っており、21世紀有数の経済大国に成長する潜在力を有する国として挙げられています。特に公用語が英語であることから、将来的には労働力の熟練化が急速に高まる可能性を有している点が注目されるところです。
それでは連載第5回の今回は、フィリピンの実情について考えてみましょう。
▼目次
21世紀有数の経済大国となることは可能か?
フィリピンは、第二次世界大戦後米国から様々な支援を受けました。その上で、マルコス政権下において開発独裁が進んだ結果、工業化の推進や、国民への富の再配分は実現されず、一部の財閥のみが潤うことになりました。
その結果、多くの貧しい人々を抱えたまま、低い食糧自給率が改善されない状態が続き、農業国でありながらコメの輸入国となる事態を招いたのです。結果的に、フィリピンの一人当たりGDP は3,000ドル弱に止まり、経済が飛躍する兆しがなかなか認められません。
また過剰人口を抱えるフィリピンは、既に米国在住の人が400万人を超えるなど、多くの国民が出稼ぎ労働者として海外へ出ています。これらの出稼ぎ労働者からの本国への送金額が、海外からの投資資本の流入額をしのいでいる点も、この国の厳しい現状を示していると言えるでしょう。
ただ1980年代以降停滞していた経済は、21世紀に入り成長の兆しを見せています。近頃ではBRICsに続く新興11か国(NEXT11)のひとつとして、その成長性が注目を浴びています。ちなみにNEXT11とは、ゴールドマンサックス社が名付けたもので、BRICsに続く成長力のある新興11か国のことです。
果たして、インフラが整備され豊富な労働力を生かすことで外資が流入し、成長力が高まるのか、政治による安定的運営が問われるところです。
南シナ海の領有権問題
南シナ海は、中国、台湾、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、インドネシア、ベトナムなどに囲まれています。この海域の中国沿岸を含む南西部には大陸棚が発達し、石油や天然ガスなどの資源が豊富に埋蔵されています。
これらの海洋・鉱物資源の確保を巡って周辺各国の利害が錯綜し、各国がそれぞれの立場から領有権を主張し混乱が深まっています。
その歴史は、フランスの支配がインドシナ半島東部に及び、スプラトリー(南沙)諸島などについて、フランスが主権を求めたことに始まるとされています。
スプラトリー諸島をめぐっては、第2次世界大戦開戦に伴いまず日本が領有を宣言、併合しました。その後、戦後中国の国民党政権が接収し、さらにそれを引き継いで共産党がスプラトリー諸島など周辺海域の領有権を主張したのです。
とくに1970年代以降は、海底油田などの存在が注目されるようになりました。また、東アジア諸国が急速な経済成長を遂げるにつれ、各国のエネルギー需要も急増し、この地域の重要性が増してきたのです。多数の島が存在することから、周辺各国はそれぞれの権利を主張し、同時に軍事衝突も含む対立が深刻化しています。
これまでもフィリピン船に対する中国艦艇の妨害が行われたり、米・フィリピンの合同軍事演習が行われたりと、米国を巻き込み中国とフィリピン両国間で領有権を巡る激しい応酬が続いています。
特に海洋権益拡大に積極的な中国は、南沙諸島において人口島を造成し、防空識別圏(戦闘機が緊急発進する際の判断基準となる空域のこと)が設置されるのも、時間の問題とみられています。フィリピンの外交面での不安定化を浮き彫りとする領有権問題は、フィリピンの流動的な政治情勢をさらに不安定化させる要因として、同国を揺さぶり続けることになりそうです。
まとめ
フィリピンの政治情勢は国内的には武装イスラム勢力の脅威が存在し、対外的には南シナ海において中国の圧力に直面するなど厳しい状況にあります。
経済活動が活発化するためには、政治的安定性が定着し、個人や国内外企業のインセンテイブが保障されるシステムが必要となります。
したがって、安定した政権が誕生し、社会インフラが整備されることが優先課題となります。果たして、フィリピンは政治的安定による経済成長を作り出すことができるのか、その行方が注目されるところです。