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はじめに
2018年がスタートして1か月が経過した。目下、世界同時株高が続き、さらに冬季五輪を前に東アジアで平和ムードが演出されていることから日本の株式市場は平穏で、お陰で日本経済は好況感を持続している。
特に東京五輪を2年後に控えて東京都心では建設の槌音が響くとともに不動産価格が高騰し、株価も26年ぶりの高値を更新している。そして非正規雇用を中心に賃金が上昇するなど労働需給がひっ迫するなど、ミニバブルが発生しているとの指摘も増えてきた。
一方このような好況感はバルセロナやアテネなどの五輪開催都市の先例から五輪までとの認識も根強く、早晩景気が腰折れする懸念を拭い去ることができないのが実情だ。
日本経済はミニバブル?
2012年末の安倍政権誕生を機に始まった景気の拡大局面は60年代後半の57か月に及んだいざなぎ景気を抜き戦後2番目の長さとなった。実際現在の労働市場は、有効求人倍率が1.59倍に達し、また失業率も2.8%とほぼ完全雇用状態となっている。とりわけ建築・土木部門の人手不足は深刻でこの分野での有効求人倍率は4倍を超えているほどだ。
ただ、いざなぎ景気は高度成長期だっただけに賃金も上昇するなど広く好況が実感されていた。しかし現在の景気拡大は経済成長率が1%程度に止まる一方で、賃金は低迷したままで生活者目線からすれば好況感は極めて乏しい。
さらに好調と言われる労働市場でも多くの人々が希望するオフィスワークなどは求人数が求職者数を下回るなど職種により求人・求職のミスマッチが起きている。したがって正規雇用が減少し非正規雇用が増加している現状、景気拡大の恩恵が実感しにくくなるのも仕方のないところだ。
一方、循環的視点から構造的な一面へと目を転じれば、東京五輪後の日本経済の先行きは厳しい。その一つが生産年齢人口で、2022年ごろまでは女性および高齢者の労働参画でかろうじて増加傾向が見込まれている。しかしそれ以降は総人口の減少を受けて労働者数の漸減は避けられなくなり、日本経済が常に不況感にさいなまれるようになるのは避けられないだろう。その意味で現在の好況感が過ぎた時期、例えば2020年を前にして不況感が強まってくるのではないだろうか。
日本の金融市場は高値圏
もともとバブル経済の定義は、不動産や株式をはじめとした金融資産市場の資産価格が投機などにより高騰して実体経済から大幅にかけ離れ、そしてそれ以上は支えきれなくなる経済状態を指すものだ。したがってバブルとは人が利益を得ようとする欲望によりもたらされ、またバブルの崩壊は利益を確定しようとする一部の資産保有者の売却にともなう価格下落により始まりさらなる下落への恐怖感で崩落することになる。
それでは現状がバブルか否かについて検証してみよう。金融資産市場を俯瞰すれば、現在の東証平均株価はリーマンショックにおいて6千円台の底値を見て以降低迷していたが、アベノミクス効果に8千円台から上昇し現在の水準へと回復してきた。とはいえ89年末の38,915円の史上最高値と比べれば依然6割程度に過ぎない。また株価収益率(PER)もバブル期の70倍、つまり株価が「企業の70年分の利益を織り込んでいた」水準にあった頃には遠くおよばない。
とはいえ東証1部の時価総額を見ると、2015年に約600兆円とバブル最盛期を四半世紀ぶりに更新し、現在もほぼ同水準を維持している。一方日本の国内総生産(GDP)が現在約540兆円と89年(450兆円)より2割程度しか増加していない点を含めて考えれば、現在の株式市場の時価総額がバブル期に匹敵するまでに膨張していることは事実であり、ミニバブルの発生は明らかと考えても良いだろう。
さらに日銀の年間6兆円に及ぶ上場投資信託(ETF)購入により株価は吊り上がっており、一説には3千円とも言われるように現在の価格は相当程度下駄を履いている。つまり日銀の資産買い入れが永遠に続くという期待感が価格形成に組み込まれており、これが下落リスクの源になっていると言えよう。
ミニバブル崩壊のリスク
株式市場の高値更新と同時に進む不動産市場の上昇は、米国の大都市やロンドンなど欧州の主要都市にみられる世界的趨勢だ。そしてその背景にあるのが中央銀行による緩和マネーだ。さらに日本の不動産市場は円安の恩恵も大きく外人投資家により物色されてきたことから、現在の価格水準は実力以上に押し上げられていると言えるだろう。
また日銀が年間900億円に上る不動産投資信託(REIT)を購入していることも、不動産市場に過熱感を高めることになっている。もちろん今回の不動産価格の上昇は東京などに限定されていることから、全国津々浦々の不動産、ゴルフ場が軒並み上昇したバブル期とは大きく異なるのは紛れもない事実だ。つまり現在の実体経済と金融市場との乖離はバブルと言い難いようでもあり、さしずめミニバブルと言ったところではないだろうか。
バブル崩壊以降、四半世紀における日本経済は、①人口が増加から減少へと転換したこと、②中国からデフレが輸入されたことに、③円高の影響や④消費増税などが加わって低成長が構造上の問題となってしまった。にもかかわらずそれを乗り越えて5年にわたり景気拡大が実現されたのは、黒田日銀の異次元緩和の結果と言って良いだろう。しかしその効果も日銀の当座預金や企業部門における内部留保の積み上がりをもたらすばかりで、企業活動や消費行動を本格的に活性化させたとは言い難い。つまり金融緩和によりてこ入れされてきたものの日本経済の構造上の問題は解決されておらず、ミニバブル崩壊リスクが高まると同時に早晩息切れすることになるだろう。
2019年にリスクは極大化
30年前のバブル経済の最終段階において、資産価格の暴騰に昭和から平成へと改元が加わって日本中が陶酔感で満ち溢れ、そしてある日突然夢から醒めた。そして2019年は再び改元の年となり平成が終わり新たな年号が始まる。つまりこの年こそ金融・財政政策の息切れ、五輪を前にしたインフラ投資の一服、さらに2度も先延ばしされてきた消費増税の3度目のトライが行われる節目の年となる。つまり日本経済は三重苦に直面することになる。
一方主要な中央銀行のテーマは世界的に債券バブルが嵩じるなかで、その破裂を未然に防ぐために非伝統的金融政策を脱し金融正常化を進めることである。このような環境下、世界の中央銀行の中で最も耳目を集めるのがパウエル米連邦準備理事会(FRB)新議長の登板する米国であり、金融正常化にまい進するだろう。また欧州中央銀行(ECB)も出口戦略へと明確に舵を切っている。つまり世界の中央銀行が正常化へと動き出していることから、これまで出口戦略を否定し不動のスタンスを貫いてきた黒田日銀も遅かれ早かれその流れに追随せざる得なくなるだろう。
その日銀では黒田総裁の後任に誰がなるにしても5年にわたった量的緩和策の壮大な社会実験がインフレ目標を達成させることが出来なかった以上「修正」を回避することは難しい。実際金利を下げれば下げるほど金融機関の貸し出し意欲を減退させ経済を減速させる、すなわち「リバーサル・レート」の悪影響は看過できない状況にある。
したがって日銀は、黒田総裁の従来路線の収束が喫緊の課題となるだろう。つまり「大胆さ」と「機動力」を売りにした異次元緩和政策から、白川総裁時代の穏健なスタンスへと回帰するのではないだろうか。その場合金利上昇は避けられず、円高と株価下落を回避することは困難だろう。その結果は再度円高デフレへの恐怖感に日本経済は縮小を余儀なくされるに違いない。このように日銀が行う金融政策の修正こそが、円高・株安を通じてミニバブル崩壊へと日本経済を下押しすることになるのではないか。そして2019年こそリスクは極大化するのではないだろうか。
(2018年2月3日)
【プロフィール】
ネクスト経済研究所代表 国際金融アナリスト 斎藤 洋二氏
大手銀行、生命保険会社にて、長きに渡り為替、債券、株式など資産運用に携割った後、ネクスト経済研究所を設立。対外的には(財)国際金融情報センターにて経済調査ODA業務に従事し、関税外国為替等審議会委員を歴任した。現在、ロイター通信のコラムを執筆、好評を博している。