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トランプフィーバーはいつまで続くか(エコノミスト 斉藤 洋二)

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昨年11月9日の大統領選でトランプ氏が勝利して以来2か月が経過したが、市場では1月20日の政権発足を前に大型減税とインフラ投資を柱とする経済政策である「トランプノミクス」への期待が一段と高まっている。

すでにNYダウ平均株価は、債券から株式への資金シフトを受けて18,000ドル水準から2万ドル水準へと上昇し、また、10年物国債金利も資金需要の高まりを見越して1.8%水準から2.5%水準へと急上昇している。また、為替市場でもレーガン大統領時代の強い米ドルが連想されて米ドル高が続き、円相場も101円台から今や120円が視野に入る水準へと大きく円安に振れている。

このようなトランプラリ―は、市場が「期待を先取りする」という性格を有していることを反映した結果と言えるだろう。したがって政権が打ち出す具体的施策を見るにつれその期待がしぼんで行く可能性は高く、「噂で買い、事実で売る」との格言にも留意しておく必要がある。実際、大型インフラ投資による財政規律の緩みや、保護貿易主義への懸念は無視できず、今後共和党はじめ議会による反発が高まる可能性もなしとしない。したがってトランプフィーバーはいつまで続くのかと言うことが、2017年のテーマとなるだろう。

▼目次

反知性主義の限界

もともとトランプ大統領誕生の背景には、東部エスタブリッシュメントへの反感やオバマ大統領への憎悪などがあった。特に白人労働者層がグローバリゼーションにより、中国はじめ諸外国の安い労働力との競争を余儀なくされ、雇用を奪われてきたことへの反発があったと言えるだろう。

このような不満に乗じてトランプ氏は、「Make America great again」と自信ありげにそして明確に根拠を示さぬままに大衆を煽ったが、その手法は「反知性主義」の再現と言ってよいだろう。「反知性主義」は、もともと米国のキリスト教原理主義者が進化論等の科学的分析に対し反発して以来社会に根付いたものとされる。そして、知的権威やエリート主義に対し懐疑的な立場を取る思想である。つまり、科学的な進歩の後に反動としてこの「反知性主義」が時おり顔を出してきたが、トランプ氏の出現はまさにグローバリゼーションと言う国際経済の画期的進歩の後に、時代が反動へと振れたことを示唆しているのかも知れない。

このような状況において、今後はトランプ政権が公約の実現に向けて叡智を結集できるのかが問われることになる。とは言え「反知性主義」の代表と目され、また自信に溢れたビジネスマンのトランプ氏が、人の叡智を尊重するのかどうか疑問を拭えない。

また欧州にも「反知性主義」が台頭しているが、トランプ氏の登場に反EUや反移民への流れは一段と強まり、今年は世界中が反動に覆われることになりかねない。しかし人間に知性がある限り、そして一時の熱狂が過ぎ冷静さを取り戻せば反動は再び進歩の時代へとゆり戻されるのではないだろうか。その時期は現在のところ明確には分からないが、早ければ年内にも「反知性主義」の問題点が種々露見し、現下のトランプノミクスへの期待は冷めて行くのではないだろうか。

経済政策のほころび

トランプ政権の閣僚人事はほぼ固まり、具体的政策への期待と憶測が先行している。ついては以下に主な閣僚の顔ぶれを見ながら、トランプ政権がどのような方向へと向かって行くのかを考えてみることとしたい。

まず経済閣僚については、財務長官にムニューチン氏が就任することからトランプ氏のウォール街よりの姿勢が歓迎されている。したがってしばらくトランプラリーが続きそうな気配ではあるものの、早い段階で米ドル高の国内経済への悪影響が確認されるかも知れずドル安政策へと舵を切る可能性がある点は要注意だ。

また、商務長官に著名投資家で知日派のロス氏が選任されたが、主に製造業の国内回帰を図ることになる。また、米通商代表部(USTR)代表には対中強硬派のライトハイザー氏が指名され、各国との交渉を担う。この人選からトランプ氏の経済政策の根幹に保護主義があることは明らかだ。つまり、環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱、そして北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉は必至であり、これまでのグローバル化への歩みとは一転して世界経済は逆行する可能性を否定できず、様々な問題が表面化するのではないだろうか。

特にこれまで自動車産業はじめ米国企業のメキシコへの移転が続き、米国の雇用減少と国内製造業の不振がもたらされてきただけに白人労働者層のトランプ氏への期待は一層膨らんでいる。その声に押される形でトランプ氏は、GMやフォードを名指しして、NAFTAを利用してメキシコで生産拡充し米国へ輸出するビジネスモデルを批判し、35%の高関税で対抗する措置の導入を主張している。

さらに批判の矛先は米国企業に止まらず、メキシコに新工場の建設を計画するトヨタへも向かっている。今後トランプ氏は、為替操作国とする中国さらにメキシコ、日本はじめその他の国へと批判の対象を広げて行く可能性を否定できない。つまり、「米国第一主義」は今後各国と様々な経済的軋轢を強めて行くことになるだろう。

このように米国が保護主義を追求して行くと、対象国も自衛措置を取ることから米国の輸出が減少して行く。さらに、米国の輸入物価の上昇に跳ね返ることとなり、個人消費の重荷となる可能性も高まる。つまり保護主義の負のスパイラルは永遠に続くことになり、米国が振り上げた保護主義の剣は自らを傷つけることになりかねないだろう。

外交政策の不安

一方外交面では、エクソンモービルのCEOでロシアビジネスを積極的に進めて来たティラーソン国務長官やフリン大統領補佐官など親ロシア派の人々が任命されたことが特筆される。特にフリン氏については、正副大統領、国務長官、国防長官らによる国家安全保障会議(NSC)を取りまとめる事務局長を務めることとなり、トランプ大統領およびティラーソン国務長官を含めた3人が米ロ外交の立て直しを図ることになる。

さらに「狂犬」と呼ばれる元中央軍司令官のマティス氏が国防長官に就任し軍事・外交を主導することになるが、とりわけ対ロ戦略と共にIS(イスラム国)への対応を二大戦略とすると予想される。したがってオバマ政権が進めてきたピボット戦略、つまり中東からアジアへのシフトがどのように変化するのかが最大の関心事となる。

また、中国については、台湾を中国の不可分の領土とする「ひとつの中国」の原則の見直しにトランプ氏自信が言及しているだけに、今後経済問題を軸に米中関係は厳しいものとなるだろう。実際選挙直後に祭英文総統と電話会談し、「一つの中国になぜ縛られないといけないのか」との疑問を呈している。そして大統領補佐官にも対中強硬派であるナバロ氏が指名されていることからも対中国への政策が注目されるところだ。

しかし中国は、チベット、ウイグルなどと共に台湾を「核心的利益」として掲げているだけに、台湾問題において一歩でも譲歩するとは考えられない。したがって米中両国間の対立関係は一気に深まることになるだろう。

ともかく、2017年に始まるトランプ政権への期待は現状高いものの、経済、外交など様々な不安材料を抱えているだけに不確実性は高い。さらに共和党自体がトランプ氏と一枚岩ではないことから、さまざまな局面で議会とホワイトハウスの間で対立が生じる可能性がある。その結果、トランプ政権の公約が期待通りに実現されるとは読みづらく、期待はいつしか失望へと変化して行くことになりかねない。とりあえず政権発足直後の100日、つまり4月末までの期間がその試金石となるだろう。

(プロフィール)

ネクスト経済研究所代表 国際金融アナリスト 斎藤 洋二氏
大手銀行、生命保険会社にて、長きに渡り為替、債券、株式など資産運用に携割った後、ネクスト経済研究所を設立。対外的には(財)国際金融情報センターにて経済調査ODA業務に従事し、関税外国為替等審議会委員を歴任した。現在、ロイター通信のコラムを執筆、好評を博している。

(2017年1月10日)

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