2016年も残すところ僅かとなったが、今年は6月のブレクジット(英国のEU離脱)と11月の米大統領選に振り回される一年となった。その背景には、第二次世界大戦後から定着していたグローバリズムが否定されたこと、そしてポピュリズム(大衆迎合主義)がエリートによる既成政治を飲み込んでしまうという事実があった。
そして何よりも世界に与えた衝撃は、ふたつとも大方の事前予想が外れたことだ。とくに一流のメディア、さらにはブックメーカー(主に欧米における賭け屋のこと)までが予想を外したことは、メディアの限界と責任にまで問題が波及し、一部には謝罪記事が出るなど今後の世論調査の手法や世論誘導の方法にも一石を投じることになった。
特に世論調査に対して人々は本音を隠す傾向があることが明らかになった。実際、建前として大所高所からクリントン支持を述べていたのに、本音では高所得者への減税を約束するトランプを支持していた人がいたことからも、この種の調査とそれに基づく予想の限界が分かったと言うところだ。
そもそも予想というのは人の心とその行動を読みとくことだが、人の心が変わりやすく、また建前と本音を使い分ける傾向があることからも、予想をすることの難しさが改めて浮き彫りにされた。
とはいえ、予想することは人間行動に不可欠である以上、今後も様々な予想が行われるだろう。このように予想の難しさを嫌と言うほど知らされたタイミングではあるが、あえて2017年がどのような年になるのか、米国、欧州、中国、日本の4極について予想することとしたい。
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米国・トランプ旋風は吹き続く
1月24日のトランプ政権発足に向けて閣僚人事が固まりつつある。その顔ぶれから外交や財政金融問題などについての方向性がおぼろげに見えつつある。とはいえ未だ具体的方針が明らかにされておらず、憶測が先行している状態だ。現状では軍関係者などが主力となる布陣が見込まれるが、オバマ政権で進められたピボット作戦による中東からアジアへのシフトがどのように変わるのかが最大の関心事となる。そしてTPPの破棄が明言されているが、今後の反グローバリズムへの姿勢がどのように具体的な政策となって行くのか注目されるところだ。
また、財務長官にウォ―ル街出身のムニューチン氏が就任した。今後の政策についてはまだ詳細は明らかではないが、すでに減税によるインフラ投資への期待が高まり、しばらく金融市場はトランプラリーが続きそうな雲行きだ。さらに、オバマ政権で進められてきた金融規制改革法(ドッド・フランク法)が骨抜きにされることを期待する動きも金融市場を下支えすることになりそうだ。
一方、外交面について国務長官はまだ決まっていない。とはいえすでに台湾の蔡英文総統とトランプ氏の電話会談が行われ、さっそく中国が反発している。それに対しトランプ氏もツイッターで中国を為替操作国として名指しし、さらに米国製品への高関税などに対して批判を強めている。今後米中関係がどのように展開するのか最大の注意を払う必要があるだろう。ともかくトランプ氏は、2017年の世界経済、国際政治において最も注目される人物であり、トランプ現象がどのように米国から世界へと波及して行くのか目を離すわけには行かない。
欧州・トランプ現象に飲み込まれるか
そしてその政治的脆弱性の故に注目されるのが欧州だが、ブレクジットのEUへの打撃は引き続き懸念材料だ。何よりもそのショックは英国を発火点にして米国へ飛び火してトランプ現象を引き起こし、さらにそのベクトルは数倍の強さになって欧州に押し寄せてきている。
すでに反移民と反EU感情は、市民権を得て白日の下ひとり歩きしだした。欧州ではこれまで多文化主義をよしとする風潮が支配的で、また欧州の賢人たちが進めてきた業績であるEUに対しNOを突きつけることにややためらいがあった。しかし、今や反移民および反EU感情はポピュリズムと手をつなぎ、大手を振って欧州政治を席巻しようとしているのである。
実際、イタリアでは憲法改正が否決され、ポピュリズムの潮流が大きくなるばかりだ。3月はオランダ総選挙、4~5月はフランス大統領選、9月はドイツ議会選挙さらにイタリアでも来年中の総選挙の可能性が高まる。
このようにEUの主要国は政治日程が目白押しで、オランド仏大統領、レンツィ伊首相の退陣は決まった。メルケル独首相も盤石とはいえない雲行きで、欧州の一年後の首脳の顔ぶれは大幅に変わる見込みで、さらにEUがどのような姿になっているのか定かではなくなった。本当に過去1世紀以上にわたり世界を支配してきたエリートによる既成政治は受難の時である。
中国・ポスト習近平体制は
そして続いて注目されるのが中国だ。2016年10月の共産党中央委員会が開いた第6回全体会議(6中全会)において習近平主席は「核心の指導者」と呼ばれるようになった。集団指導体制下において一段と強い指導者としての尊号を得て、習近平体制の強化が進んでおり、今後の権力の集中が注目される。
特に2017年10月に行われる共産党大会において、常務委員会の7人のメンバーの内、習近平主席および李国強首相以外の5人のメンバーが定年となり入れ替わることになる。とはいえ、習近平主席は自らの基盤強化に向けて懐刀の王岐山などを68歳定年の不文律を破り延長させるかも知れない。そして、習近平主席の次を狙う第6世代の胡春華(広東省党委員会書記)と孫政才(重慶市党委員会書記)が常務委員に選抜されるのか、さらには栗戦書(中央委員)など習近平の側近が選ばれるのかが注目される。このように2022年以降のポスト習近平体制を読み解くうえで10月の共産党大会は極めて重要である。
一方、政治が第1で経済は第2とされる中国ではあるが、経済問題は党指導部においても難問であり、経済回復は習近平主席と李克強首相との権力争いの材料ともなっている。6%後半の成長を維持すれば、「2020年には2010年比2倍の経済規模にする」とした目標を達成することができる見込みであり、その目標達成に向けて政府は邁進するだろう。とはいえ中国には過剰債務問題があり、またハードランディングの可能性も隣り合わせにあるため、今後も株式市場および不動産市場の乱高下には要注意だ。
日本・北方領土の行方は
そして、第4極として登場するのが日本だ。安倍トランプ会談がすでに行われ、日米同盟の重要性が確認されたとも伝えられる。とはいえ、トランプ氏の一挙手一投足に振り回される可能性は当面つきまとうことから、今後もその成り行きには注視しなければならない。
かかる状況下、アベノミクスのブームも終わり、日本は比較的無風状態となるのではないだろうか。とくに世界の関心は東京を通り過ぎてアジアに向かっており、外資系企業の上海やシンガポールへのシフトは一層進むことになるだろう。もはや躍動するアジアのなかで縮小する日本はひとり孤独の道を歩むことになるのだろうか。
そんな中で最も注目されるのは北方領土問題だ。12月15、16日に日露首脳会談が行われるが、領土問題が一気に進むとも思えない点で余計な期待は禁物だ。しかしこれまでプーチン首相が森元首相、そして安倍首相と会談を続け北方領土問題への関心が深まっていることは確かだ。
特に欧米の経済制裁によりロシア経済は苦しく、極東の開発は日本の援助なくしては進まない状態だ。そのような環境下、ロシアは日ロ平和条約を締結することに意欲的な姿勢を示している。この交渉は1956年の日ソ共同宣言を根拠にするとされているが、共同宣言において、「平和条約締結後にソ連が歯舞群島と色丹島を引き渡すという前提で平和条約の交渉を行う」と合意がなされている。つまり、平和条約の締結交渉は北方領土の返還が前提となるが、全面返還を求める日本と二島返還で決着させようとするソ連のせめぎ合いが続いており、今後どこで妥協できるかが焦点だ。
このように平和条約への道のりは見通しづらいが、ロシアとしては太平洋、さらにはアジアへの進出に意欲を示しており、その点で日本との結びつきを強めたいのは明らかだ。したがってこのようなロシア側の事情を勘案し、日ソ平和条約に向けての進展が2017年のポジティブサプライズとなることを期待したい。
<プロフィール>
ネクスト経済研究所代表 国際金融アナリスト 斎藤 洋二氏
大手銀行、生命保険会社にて、長きに渡り為替、債券、株式など資産運用に携割った後、ネクスト経済研究所を設立。対外的には(財)国際金融情報センターにて経済調査ODA業務に従事し、関税外国為替等審議会委員を歴任した。現在、ロイター通信のコラムを執筆、好評を博している。