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米大統領選後に世界が直面するリスク(エコノミスト 斉藤洋二)

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2015年末の予想では、2016年前半のリスクはブレクジットであり、後半は米大統領選であるとされたが、まさに事態はそのような展開になっている。米大統領選については、トランプ氏が勝ち、政策の不透明感がクローズアップされている。トランプ次期大統領は、ビジネス経験こそ豊富なものの、政治経験がないために、政権基盤の弱い大統領が誕生することが想定されることから、米国政治の不安定感は拭えず、国際金融市場は不確実性を高めることになるだろう。

とりわけここにきて、英国のEU離脱や米大統領選を通じて自由貿易への反対の声が強まり、保護主義への機運が急速に高まっている。つまり、これまで国際政治、国際経済の基本と認識されてきたグローバリゼーションを軸としたパラダイムが大きく転換する可能性があり、それこそが世界が直面する最大のリスクと言って良いだろう。

ついては、本稿において現在の金融市場を取り巻くリスク、特に米国、英国、中国、欧州が抱える問題を整理し、反グローバリゼーションへの世界的潮流、つまりパラダイム変化という大きなリスクについて考えることとしたい。

▼目次

ABCDリスクとは

現在の国際金融市場をとりまくリスクとして、ABCDリスクが挙げられる。つまりA(アメリカの利上げ),B(ブレクジット懸念),C(チャイナ・リスク),さらにD(ドイツバンクはじめユーロ圏金融機関の経営懸念)と,世界の主要国は不確定要因に取り囲まれており、それらのリスクがいつ何時勃発して世界を混沌に引き込むかも知れない。 

まずAについては、米国利上げは12月が濃厚となってきた。米国において金融緩和が長く続いた後だけに2015年12月に続く利上げの影響が,世界の隅々にまで及ぶことは必至だ。1994年のテキーラ・ショックにおいても、米国の利上げを機にメキシコ通貨危機が発生し、回りまわって79円台の超円高がもたらされた。このように、米国利上げによる国際金融市場への波及経路は見通せず、隠れたリスクがいつどこで顕現化するか要注意だ。

さらにBについては、英国がリスボン条約(※)に基づく離脱通知を行う以前の段階ながら、ハードブレクジット、つまり英国が欧州の市場へのアクセスを失う懸念を嫌い、英ポンドは急落している。この英ポンド急落のおかげで、英国への旅行者が激増し、また株価が上がるなど目下のところ国内経済への好影響として歓迎されている面もある。しかし、今後インフレの進行や英国の経済価値の減少など大きな爪痕を残し、さらにはEUはじめ世界の金融市場に悪影響を及ぼす懸念は拭えない。

ヨーロッパ連合 EUの統治制度の簡素化,合理化を目指す国際条約

そしてC、つまり中国の置かれた環境については、10月末に5カ年計画を討議する党中央委員会第6回全体会議(6中全会)が開かれ、習近平を「核心」の指導者とすることを決定したことから権力集中が進む見通しだ。したがって、中国では政治が優先し経済が従属するものとされているが、一層経済は政治の影響力を受けいびつな成長を辿ることになるだろう。

もともと同国の統計数字は信頼できないだけに、国内の真の姿は見えづらいが、16年の成長率は6%台後半の目標を達成すると共産党も国務院も強調している。したがって、その目標は達成されるのだろうが、実態はゾンビ企業が横行する中で同国の過剰債務は肥大化している。また、貿易額も9月の統計では6%、そして輸出額は10%もの減少を示す一方で不動産バブルも警戒水域にあるなど、いつ何時経済の綻びが表面化するかも知れない。ともかく、政府は経済のアクセルをふかし過ぎており、そのつけを支払わねばならなくなる可能性は拭えない。

そして、最後のDについてだが、ドイツ銀行は目下米国との和解金交渉中でいまだ決着していないにも関わらず、株価は反発し市場は一息ついている。とはいえ、モンテ・パスキ・ディ・シエナ銀はじめ、イタリアの商業銀行の経営悪化と株価の低迷など目を離せる状況になく、12月4日に予定される同国の国民投票の結果次第では、政治と金融機関の不安定が共振する可能性を否定できない。特に英国の離脱はこれまでのところ、大陸欧州へあまり影響を与えていないが、今後はその波乱が伝染する可能性も拭えないだろう。

このように、ABCDリスクはひとまず鎮静化しているものの、問題の根深さを考えると今後要注意するに越したことはないだろう。

世界のパラダイム変化とリスクの拡大

今回の米大統領選で明らかになったことは、米国においてグローバリゼーションの影響を受けて白人労働者はじめ、多くの国民が自由貿易に不満を持っていることだ。トランプ氏は過激にメキシコ、中国、日本などを批判した。一方、環太平洋経済連携協定(TPP)に賛同していたクリントン氏も民主党指名争いでサンダース氏に引きずられる形で保護主義へと意見を変えた。つまり、米国民の多くは保護主義へと傾いていることが鮮明になったのだ。

18世紀に「諸国民の富」を書いたアダム・スミスは、貿易の自由化が経済成長をけん引しさらに戦争の可能性が減少することを示唆した。また、第二次世界大戦の原因の一つとして1930年代のブロック経済が作用したと考えられ、大戦後の世界は一貫して国内の犠牲を最小化させる努力を払いつつ自由貿易が希求されてきた。

とくに、グローバリゼーションは市場原理主義を標榜したアングロサクソン、つまり英米の2か国により推進されたが、1980年代にサッチャー英首相とレーガン大統領によるサッチャリズムとレーガノミクスがその推進役となった。この自由化の流れの中で、政治的にはEU統合が進み、さらに「世界の工場」中国を軸に国際分業体制が浸透したのだ。

しかしここにきて、米国や英国の労働者層を中心にグローバリゼーションの恩恵が感じにくくなっており、格差と移民問題への不満が高まっている。特に、自由貿易を優先的に推進してきた英国において、国民国家への回帰を求める声がドイツへの反感と主権回復への熱望に発展した。また、米国においても中国からの輸入増大により雇用が100万人単位で失われ、自由貿易の犠牲者となった貧困層の声が高まった。つまり、仏の歴史学者エマニエル・トッド氏の言う「グローバリゼーション・ファティーグ」(グローバル疲れ)が、世界中で蔓延したのだ。

先進国が新興国へ投資を行い世界が高度成長を享受していた時ならいざしらず、現在の世界経済はどこも未曾有の金融緩和を推し進めているにも拘わらず経済停滞を回避できない。この環境下、米国民はNAFTA(北米自由貿易協定)はじめ、目下議論されているTPPやTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)に対して反感を強めている。

ただ,グローバリゼーションの成果として現在の米国株価の高値がもたらされており、保護主義が進むと株価の下落がもたらされるとの意見も存在する。しかし,株価の値上がりのメリットを享受できない貧困層にとってグローバリゼーションは職を失う、もしくは賃金が下がる原因でしかない。したがって,グローバル疲れが広がるに連れ、世界的潮流としての保護主義の高まりを止めるのはますます難しくなっている。

これまで述べてきたように世界のパラダイム変化が進む環境下においてABCDと言われるリスクが表面化した場合、世界への影響度が計り知れないことにはくれぐれも要注意だ。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」ということで、リターンを狙ってリスクテイクに舵を切るか、「備えあれば憂いなし」とリスクオフの姿勢を取るか、いつもながらにその匙加減は難しい。

<プロフィール>

ネクスト経済研究所代表 国際金融アナリスト 斎藤 洋二氏

大手銀行、生命保険会社にて、長きに渡り為替、債券、株式など資産運用に携割った後、ネクスト経済研究所を設立。対外的には(財)国際金融情報センターにて経済調査ODA業務に従事し、関税外国為替等審議会委員を歴任した。現在、ロイター通信のコラムを執筆、好評を博している。

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