今回は、今インドの日系企業の間でホットな話題でもある「社会保険料」がテーマです。2016年10月より、日印社会保障協定が発効することになりました。これにより従来非常に過重であった日本人駐在員の現地での社会保険料負担が軽くなることになり、いわゆる二重払いなどの問題も原則解消されることになりました。
今までは、この社会保険料の負担を考慮せずに進出計画をたて、後であまりの負担にびっくりする日系企業が多かったのですが、そういった問題もこれで一息つきそうです。その意味では今回は「日本企業が『過去に』直面したトラブル」にしたほうが良かったかもしれませんね。
ただ非常にタイムリーな話題ですので、ここで日印社会保障協定についてポイントだけまとめておきたいと思います。
▼目次
二重払いの回避
インドではすべての企業は従業員数が20名に達するとインドの社会保障制度に強制加入することになります。これは、日本で日本の社会保険料を払っている方も例外ではなく、駐在期間中、日印双方で社会保険料の負担が生じるという事態になっていました。
しかし、この社会保障協定発効後は、駐在期間が5年以内の方はインドでの社会保障制度に加入する必要がなくなるため、この二重払いの問題は回避されることになります。
払い損の回避
仮に上記二重払いの問題あっても、老後にその分年金が増額されるのであれば少なくとも個人には害がないように思えるのですが、実際はインドでの年金受給要件たる10年の納付期間を満たさない駐在員の方がほとんどであるため、駐在員が納める社会保険料は事実上何も見返りがない「払い損」になっていました。
しかし、社会保障協定発効後は日印双方での社会保険料納付期間を通算することができますので、たとえばインドで7年しか社会保険料を納付していなくても日本で20年納付していれば通算27年と10年を超えると判定され、年金をもらうことができるわけです。
またその請求もわざわざインドの年金当局に依頼する必要はなく、日本の年金窓口にて請求することが可能となりました。
ではそんな良いことずくめに思える社会保障協定なのですが、懸念されるポイントはないのでしょうか?
一つ可能性があるのが、PEリスク(※)の拡大です。この社会保障協定の恩恵を受けるためにはCOCという「日本でも社会保険料を納付しています」という証明書をインドの年金当局に提示する必要があるのですが、これは見方を変えると「日本でも給料をもらっています」ということの開示ともとれるので、インド税務当局がPE認定において難癖をつける可能性が懸念されています。
もちろん、従来より全世界給与を基準にインドで所得税申告をしていれば、日本での給与情報は税務当局の知りうるところではあるのですが、税務申告ではその証明書が不要であるのに対してCOCという公的機関のお墨付きがある本ケースでは、そのリスクが増すのでは?と考えられています。
※PE( Permanent Establishment、恒久的施設)とは、支店や事務所、工場といった事業を行う一定の場所のことを指します。租税条約には、「PEなければ課税なし」という原則があります。すなわち、我が国企業が進出先国で獲得する事業利得について、当該進出先国が課税することができるのを「恒久的施設(PE)を有する場合」に限定しています。新興国では、PEの範囲の拡大解釈による課税がなされることがあります。(経済産業省資料より抜粋)
まとめ
社会保障協定の発効は日系企業にとっては朗報。人件費負担が大幅に軽くなる。
ただしPEリスクが拡大する可能性も否定はできないので、出向契約書の見直しなどPEリスクへの配慮も必要になる。
<プロフィール>
野瀬 大樹(のせ ひろき) 公認会計士・税理士
大手監査法人勤務の後、NAC国際会計グループに参画、インドのニューデリーにて主に日系企業をサポートするコンサルティング会社NAC Nose India Pvt. Ltd.を設立し、同代表に就任。インド各地にて、会計・税務・給与計算に加え、各種管理業務に関わるコンサルティングサービスを提供している。
事務所HP:http://in.nacglobal.net/