産業革命から約200年が経過しました。これまで米国は様々な技術革新を生産性向上に結び付け、高度成長を実現してきました。しかしデジタル時代をもたらしたIT革命から15年程度を経過した現在、株価こそ史上最高値水準を推移していますが、それはあくまで金融政策の効果であり、米国経済は構造的問題に直面し成長力を失ってしまったとも言われています。
果たして米国経済は、サマーズ米元財務長官が唱える「長期停滞論」のように技術革新力が衰え、長い停滞期に入ったのでしょうか?それとも再び新たな技術革新を取り込み成長力を回復するのでしょうか?
連載第4回の今回は、食糧に加えエネルギーも自給できるようになった米国経済の底力について考えてみましょう。
▼目次
米国経済は「長期停滞」状態なのか
2008年秋のリーマンショックから既に7年近くが経過しました。この間米国は3度にわたる量的金融緩和策(QE)を行った結果、緩和マネーの恩恵を受けた米国の株式市場は史上最高値の水準を回復しています。
しかし、米国経済の経済成長率は平均2%程度に留まっています。金融緩和政策が長く維持されているにもかかわらず、労働参加率の低下やパートタイム労働問題など雇用の質的な改善はいまだ不十分な状態が続いており、様々な問題が見え隠れしています。
このような米国経済の本質について、ローレンス・サマーズ米元財務長官は2013年末に「長期停滞論(Sucular Stagnation)」を提起し、議論を巻き起こしています。「長期停滞論」の主張の一つとして、労働力人口と生産性の伸びが鈍化し、良質な投資機会が減少していることが挙げられています。つまり米国経済は成熟し、もはや投資機会が減少して成長を期待できなくなっているとされているのです。
実際、産業革命から200年超が経過した今、21世紀初頭に起きたIT革命こそ目覚ましいものがありましたが、19世紀に米国に急成長をもたらしたような数々の技術革新には遠く及ばないとの指摘にはうなずかざるをえません。
また、富の集中による格差拡大が進み、中間層の崩壊が消費の減退をもたらしている事も併せ指摘されています。今後、米国の経済成長は金融緩和政策に頼るしかなく、その結果として絶えずバブルの発生と崩壊を繰り返すことになるのではないかと懸念されているのです。
このように「長期停滞論」では、米国の成長鈍化を構造的なものとしてとらえています。一方、バーナンキ元FRB議長は、米国の成長鈍化は景気の循環的な理由によるものであり、今後景気の波動に沿い回復して行くと反対の論陣を張っています。しばらくその議論と米国経済の行方が注目されるところです。
製造業のリショアリング(国内回帰)の動きは本格化するか
19世紀から20世紀にかけ、米国経済は鉄鋼・自動車・航空機など製造業を中心に発展しました。しかし20世紀後半以降、労働コストが低く、最終消費地に近いところに工場を進出させるオフショアリング(海外移転)が進められてきました。
特に1990年代以降「世界の工場」として中国が台頭するにつれ、米アップル社は台湾企業に委託し、中国で生産を行うようになり、国際分業体制を飛躍的に進めてきたのです。オフショアリングの進展に伴い、米国は、製造業主体からサービス産業、金融業、IT産業などへと産業構造を転換させていきました。
実際、米国国内総生産(GDP)に占める製造業の比率は1990年の19%水準から13%程度へ下落しています。ところが、中国における労働コストや輸送コストが急激に上昇してきたここ数年、フォード、GE、アップルなど米国企業が海外から撤退し米国への回帰、つまりリショアリングの動きが目立ち始めました。
この背景には「シェール革命」によりエネルギーコストが減少し、海外生産に比べて米国内での生産が有利になったことが挙げられます。また米ドル高により海外での収益が目減りするといった為替の要因も見逃せません。ドル高基調が続いていることからもしばらくはリショアリングの流れが続くのではないでしょうか。
まとめ
製造業におけるリショアリングがある程度進むとしても、米国の産業は製造業から金融・IT・サービス産業などへの比重を高めることになると思われます。その流れの中で知的財産分野など貿易・投資ルールの確立は重要です。米国は、環太平洋経済連携協定(TPP)など各国間、各地域間の自由貿易協定の推進を今後も前向きに続けることになるでしょう。 金融・IT・サービス分野を中心に技術革新を飛躍的に発展させることができるか否かは、米国の成長力回復のカギになるのではないでしょうか。
●コラム筆者プロフィール●
名前:テムジン
リスクマネジメント界のチンギス・ハンです。
一言:迷える子羊たちに、世界各国のカントリーリスクを 分かりやすく説明します。 |