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日本の財政政策の実情とその行方 (エコノミスト 斉藤洋二)

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アベノミクスが始まってから、早4年が経過した。①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、そして③成長戦略の3本の矢でデフレスパイラルからの脱却を狙ったが、株高・円安で一時は沸いたものの、最大の目標に掲げた2%のインフレ率が依然ゼロ%近辺と低迷したままでゴールが見えない状況だ。

したがって、当面の政府・日銀によるマクロ経済政策は、財政拡大的・金融緩和的方向に著変はなさそうで、円安志向が続きそうだ。とはいえ、政策効果がなかなか見えてこない現状、新たな手段としてより積極的な財政政策が注目を浴びることになりそうだ。

ついては、二年半後に予定される消費再増税の延長の声も聞こえつつある状況を踏まえ、本稿において①日本で注目されるシムズ理論、②財政問題の実情、そして③金融市場および企業行動への影響について考えてみることとしたい。

▼目次

注目されるシムズ理論

アベノミクスの実情について、その理論的支柱とされた浜田宏一内閣官房参与(エール大学名誉教授)は、3年ほど前までは金融政策にA、財政政策にB 成長戦略にEの評価点を与え、「ABE」(安倍)と読めるなどと余裕含みの発言を行っていた。

しかし、有効求人倍率の1.5倍への接近や、失業率が3.0%と完全雇用状態に達しているものの、未だ日本経済からデフレマインドが一掃されたとは言い難い。さらに、黒田日銀総裁の5年の任期も18年4月と1年後に迫り、さらに長期国債買い入れに当たり量的限界なども表面化していることから、社会実験を継続するのも難しくなってきたと言えよう。

特に、浜田内閣官房参与は近頃日本経済への処方箋として金融政策の限界を指摘し、一方でノーベル経済学賞の受賞者クリストファー・シムズ氏が提唱する「物価水準の財政理論」(FTPL、シムズ理論)の導入を強く支持するなど、持説を修正していることが注目される。

この動学マクロ経済学のシムズ理論は難解で理解することが難しいと言われるが、その本質は金融政策では出来なかったインフレ率引き上げを、財政政策で可能とするものである。つまり、このインフレ率引き上げに向けての財政拡大策を日本の経済運営に当てはめれば、19年10月の消費税増税の延期を含め財政拡大を正当化するものである。したがって、霞が関を中心にこのシムズ理論が広まったのは当然の成り行きで、財政政策の積極的発動の可能性が俄然注目されるところとなった。

しかし、シムズ理論を実践すると、国内総生産(GDP)の250%近い財政赤字を有する日本では、デフォルトとハイパーインフレのリスクの高まりをもたらすことになる点懸念される。とはいえ、消費再増税回避の方便としてこの理論が今後活用されそうな状況にあることだけは確かなようである。

日本の財政は大丈夫か

目下、低成長と財政赤字に悩む世界各国が直面するのは、「成長」と「緊縮」のどちらを優先するかである。ギリシャ危機を発端にして、南欧諸国が欧州債務危機のドミノに苦しんだ際にこの問題が問われた。財政を緊縮し均衡化を図るべきだとするドイツと、経済成長を優先させ税収の増加を図るべきだとするフランスなど、南欧諸国との間で神学論争が展開されたことは記憶に新しい。それぞれに理はあるものの、国際通貨基金(IMF)などからの融資を得るに当たり、ギリシャは緊縮を余儀なくされ、年金などの福祉サービスを圧縮することを代償にデフォルトを免れるに至った。

それでは「緊縮」よりも「成長」を優先しようとする日本はどうか。その財政状況と言えば、目下の政府債務残高は1200兆円を超えている。同時にプライマリーバランス(PB=歳出入から公債金や公債利払いなどを除く)を2020年に均衡化させる計画も2%成長を前提にして作られたものであるだけに、今や目標達成は風前の灯となっている。実際、2014年4月に5%の消費税を8%へと引き上げたが、その経済へのダメージは予想以上に大きく景気を下ぶれさせたことからも、10%への再増税には相当慎重な対応がとられることになるだろう。

果たして180%のギリシャ以上にGDP比で高率の政府債務残高を抱える日本が財政悪化に耐えて行けるのだろうか。ギリシャの場合、国債の引き受けについて海外投資家への依存度が高く、その結果債務不安が高まるにつれ金利は急騰し、デフォルトリスクを招来した。

それに引き換え日本の場合、国債の90%以上は日本の機関投資家および日銀が保有しており海外投資家の保有比率は低い。したがって、日本の政府債務残高が巨額に上るものの、日本の家計資産残高が約1750兆円とそれを大きく上回っていることから、国債消化に問題はないとする安心論が根強いのが実情だ。だからと言って政府が無尽蔵に国債を発行し、日銀が引き受ける状況、つまり財政ファイナンスを永遠に継続させることはできないだろう。

実際、日銀は長期国債保有を急増させたことによりバランスシートが拡大しており、金利が急上昇(=債券価格の急落)すれば、一気に債務超過に陥る可能性を秘めている。また政府による財政赤字の垂れ流しと日銀による安易な国債引き受けは、日本の信用力を失うことになる。2001年にS&P社の格付けがトリプルAから引き下げられたが、それを皮切りに既に5段階も下がりA+になっている。早晩日銀は、出口戦略により国債保有残高の圧縮を図る必要が出てくるだろう。

企業活動・投資行動変化の兆し

このように財政の実情はストックベース(政府債務残高)とフローベース(PB)の赤字を抱えているものの、財政政策を積極化させる方向が鮮明化しそうだ。一方、マクロ政策の二本柱を担う金融政策もその効果が薄れているが、早晩これまでの超緩和一本やりの政策を推し進めることは難しくなってくるだろう。

現在の日本の金融政策は、日銀が2016年9月からイールドカーブコントロール(YCC)を導入し、短期をマイナス金利に長期(10年債)をゼロ%近辺にし、イールドカーブをスティープにすることを目標としている。このように、当面YCCは優先的政策として維持され、長期金利はゼロ近辺で推移することになるだろう。

このような日銀による現在の金融政策と、米国金利が上昇を辿っている状況から、結果日米金利差が開き、ドル高円安の要因になっていることは明らかだ。その結果、トランプ大統領から日銀の金融政策が「通貨安」を目的としているとの批判を浴びることになっており、これ以上の円安をもたらすような追加緩和策を打ち出すことは難しくなるだろう。

ついては次の段階として注目を浴びるのは米国金利の上昇に連れての金利の引き上げの可能性だ。今後、これ以上のマイナス金利の深堀は米国からの批判、国内預金者からの悲鳴、さらに金融機関の厳しい経営環境を反映して継続することは難しくなるだろう。つまりこれからは日銀の出口戦略とともに金利引き上げが俎上に上ってくることは回避しがたい。

このような環境下、長くゼロ金利、金利下落傾向に馴染んだ企業、個人投資家において金融環境の変化に向けての柔軟性が問われることになるだろう。実際、社債市場において2016年度の日本企業の起債総額は約11兆円と18年ぶりに過去最高を記録した。目下マイナス金利の限界が囁かれるとともに金利先高観がじわりと広まりつつあることから、今後資金調達の前倒しの検討が広まる可能性が高まるだろう。

金融政策の限界が明らかになる一方で、財政政策を活発化させようとの議論が高まりつつある中で、株高・円安・債券高(=金利低下)に慣れ親しんだ投資行動を、企業も個人投資家も共に調整する段階に達しているのではないだろうか。

(2017年3月10日)

(プロフィール)
大手銀行、生命保険会社にて、長きに渡り為替、債券、株式など資産運用に携割った後、ネクスト経済研究所を設立。対外的には(財)国際金融情報センターにて経済調査ODA業務に従事し、関税外国為替等審議会委員を歴任した。現在、ロイター通信のコラムを執筆、好評を博している。

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